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ヴェラ (2018/04/06) イベント/アセンション:条件に縛られない人生を生きることを学ぶ
∞  ヴェラさんの翻訳記事です。 (^_^)/ 
 



 
ヴェラ
2018年4月6日
 
イベント/アセンション:条件に縛られない人生を生きることを学ぶ
 

シフトが起こる瞬間は私たちが見たり経験したりしたことを越えた出来事です。多くの人が”イベント/アセンション”を待ち望んでいます。現在のエネルギーはまだイベント/アセンションへ向けて挑戦し続けています。それにも関わらず、ニューアースへの量子飛躍の潜在的可能性は決して大きくはなってはいません。
 
(訳注:ヴェラは“The Event”についてこの後の段落で説明しているが、説明文から分かる通り、それは意識の量子飛躍現象であり、コブラの言う”アセンション”と同義とみなされる。したがって、ヴェラの言う”The Event”はコブラの言うアセンションを妨害する闇の勢力とその影響力の排除された瞬間を意味する”The Event”とは異なるので、ここではヴェラの言う“The Event”をコブラの言う“The Event”と区別するため”イベント/アセンション”と訳することとした。)
 
”イベント/アセンションは到来しつつあります。”私たちはこのフレーズをあらゆる所で目にします。イベント/アセンションが来ることは事実です。大きなシフトの潜在的可能性はまだ海図上には現れていません。今もなおイベント/アセンションは、私たちのリアリティを現実のものとする内面的な出来事なのです。私たちが自分の内面のバランスを見いだし、それを上手く処理して、あなたのあらゆるエゴイスティックなパターンと”影の側面”を超越した時にのみ、私たちのリアリティと経験は違ったものとなるでしょう。私たちの内にあるエネルギー加速器が、この潜在的可能性を提供するのです。ここでもう一つの逆説が発生します。私たちが、自分を新しいリアリティへと上昇させてくれる”イベント/アセンション”が起こることを待ち続ける限り、それは起こらないのです。私たちが自分を救ってくれるものを外の世界に求め続ける限り、それは起こらないのです。私たちが自分をシフトしてくれる外的出来事を期待することなく、自己の内面的な作業に集中するようになって初めて、それは起こるのです。なぜなら、自己の内面が外的世界を動かしているからです。その逆はありません。
 
自分自身を傷つけない。
 
尊敬。この今を表している言葉です。私たちは、尊敬があらゆる共同創造をもたらす構成要素であるため、何が他人からの尊敬をもたらすのかを学んでいます。そしてそのことは、私たち自身に対する尊敬を学ぶことを意味しているのです。そのことが達成されて初めて、他の人々への尊敬が実現するのです。
 
他人から尊敬を得るための一般的なエゴイスティックな戦略は恐怖に基づいており、傲慢です。私たちは他人を裁きます。厳格な自他との境界線を引きます。ルールを持ち出します。博識の仮面を被ります。自身の内面に抱える不完全さや悪い側面を隠します。このことは私たちに、自分自身の内面に生じている恐怖を観察することなく外的状況をコントロールしようとする、そして、コントロールできているという幻想を与えます。私は、自分が大物で頭が良いと他人に思わせることによって自分を外面的に良く見せようとしています。しかしその内面では、他の人々より自分を小さくしているのです。私たちは自分に益がある時、加害者であることを好みます。しかし遂には、私たちは自分たちの外の世界からの注目と賞賛を求めるというエゴイスティックな必要性を満足させようと試みるだけになってしまうのです。私たちは自分自身を傷つけているのです。
 
もう一つの一般的なエゴイスティックな戦略は、八方美人を演じることです。私たちは我慢するということをせず、自分の苦しみを他の人やもののせいにします。全くみさかいというものがありません。そうすることは皆さんにとって正しいことなのです。ですから私たちは全ての人々が良い気分になるようにすることにあらゆる努力を振り向けるのです。私たちは犠牲者の仮面を被り、絶え間なく全ての人々の幸福を追求するのです。そして世界と私たちの周りの全ての人々を癒やすのです。私たちではなく全ての人々を癒やすのです。これが過ぎると私たちは犠牲者であることを愛するようになります。この犠牲者の仮面の裏側で、私たちは自分自身を他の人々より軽んじているのです。他の人々に対して、幻想に過ぎない憐れみをかけているのです。しかしついには、私たちはただ単に私たちの周囲から注目を浴び、賞賛されることによって自分のエゴイスティックな必要性を満足させているだけなのだと気づくことになるのです。私たちは自分自身を傷つけているのです。
 
”ですから、私たちはこう見ます。加害者であろうと犠牲者であろうと、エネルギーの周波数と要求は同じです。要求を満たす戦略が異なっているだけなのです。”
 
”ですから、私たちはこう見ます。加害者であろうと犠牲者であろうと、エネルギーの周波数と要求は同じです。要求を満たす戦略が異なっているだけなのです。”どちらの戦略も成功することはありません。なぜならば、それらはいつも内面的空虚さに由来する現象だからです。私たち自身の内面から来るもので自身を満たすことを学ばない限り、私たちはこのような負のスパイラルに巻き込まれ続けることになるのです。私たちが自分自身の本質を傷つける時、私たちは自分自身を妨害しているのです。古い思考・行動パターンを上手く処理することが鍵となります。そのような思考・行動パターンを否定することなくそこにあることを許して/認めてください。あなた自身を他の人を裁いたり非難したりしないでください。なぜあなたがそうするのか、その目的が見えるように視野を広く取って自己の内面を観察してください。そして、そうすることで感じるようになる感謝の気持ちを感じてください。そして、あなたというエネルギーシステムが前進したいと望んでいるそのエネルギー的な衝動に従ってください。
 
私たちが自分自身を尊重することを学んだ瞬間、あなたの被っていた仮面は落ち、私たちの傲慢あるいは八方美人は健全なプライドへと変換されます。心から自分自身にプライドを持ってください。自己を尊重するということは自己を愛することなのです。私たちは完全に自分自身の本質に固定されており、もはや自分自身の本質を傷つけてはいません。
 
恐怖心から自他の間に境界を設ける代わりに、愛の気持ちから健全な境界を設けます。私たちは自分自身を統治し、私たち自身のエネルギーと思考・行動パターンに責任を負います。自分自身を閉めてしまうのと開いたままにするのとでは大きな違いがあります。開いたままであるということは、何かを受け入れることであり、何かを受け入れたところでは、人はいかなる裁きも行いません。非難や期待もありません。そしてまた、自分自身の要求、希望および願いが明確になります。
 
”私たちははっきりと、私たちが望むものは私たちが好むものであると学びます。私たちは自分自身のエネルギーの器を創り出しているのです。また私たちは、私たちのフィールドへと到来しようとしている他の人々のコンパスとして役に立つよう、エネルギーの黄金の道筋を創り出しているのです。“
 
”私たちははっきりと、私たちが望むものは私たちが好むものであると学びます。私たちは自分自身のエネルギーの器を創り出しているのです。また私たちは、私たちのフィールドへと到来しようとしている他の人々のコンパスとして役に立つよう、エネルギーの黄金の道筋を創り出しているのです。“私たちは自分自身の価値を明確に把握することを学びつつあります。また、人生のあらゆる局面、すなわち、仕事上の、人間関係上の、家族上の、健康上の、あるいは、故郷でのあらゆる局面に直面した時の自分自身の気質というものを学びつつあります。自分自身の欲求と希望についてクリアでオープンになることによって、私たちは、他の人々に、与えられた情報に基づいて各人独自の選択をする機会を与えることになるのです。彼らはこのことに対しての承認が、部分的であろうとも欲しいのです。
 
このことは制限をもたらすルールや法律を作ることとは全く関係がありません。また、誰かに対して何らかの期待を抱くこととも関係がありません。それは基本となる健全な周波数をセットする以外の何ものでもないのです。その周波数によって、我々は創造行為を行い、他の人々と共同創造行為を行うのです。それは、その周波数と共鳴する人々にとって、共同創造行為を行うことへの招待状となるのです。私たちが自分自身のエネルギーの器としての大きさや価値について非常に明瞭に学ぶならば、私たちは真に私たち自身と独自の空間を尊重し評価するようになります。これが他の人々から尊重され、価値ある存在と見なされる基礎となります。
 
私たちは今やある地点へと到達しつつあります。その地点に到達した場合、私たちはもはや、自分自身を傷つけることができません。自分自身を過小評価したり他人に期待されている通りに演じることができなくなります。そのようなことをすることは全くもって心地よいものではなくなり、非常に心痛の多い方法となります。
 
誘発を受け入れることVS共鳴しないこと
 
何かに誘発されてしまうこととある種の経験を避けようとしたり共鳴作用を受けないようにすることとの間には大きな違いがあります。私たちはしばしば、自分自身の”影の側面”を見ようとしない傾向を持っています。今や新しい光のコードが入射してくるようになると、誘発作用が強くなるので、私たちは私たちというシステムに依然として保存されている恐怖に基づいた感情・思考パターンから目を逸らしたり、無視したりすることができなくなってきます。私たちは、私たちを誘発したり怖じ気づかせたりする何かに関わりたくない時に”それには共鳴しない”という言い訳をしばしば使います。このような行為は私たちがそれを見ることをしない限り、私たちの気づきの光から自分自身を遠ざけることになります。もし私たちが自分自身に正直であるのならば、その時、私たちは、自分の中に自分が好きではない共鳴を起こす部分が何かしら存在することに気づきます。私たちの防御パターンは閉じこもりと無視、それから逃げるか攻撃するかです。私たちの気づきを誘発するものは何度も戻って来ます。そして、湧き上がる感情を利用して、新たなるステージへの気づきを得ようと、受け入れようと、前に進めようとする勇気を十分に得るまで、私たちのエネルギーフィールドの現状を何度も見せようとするのです。
 
一方、”共鳴しないこと”はこれらとは大いに異なっています。何かと共鳴しない時、ただ単に共鳴しないのです。私たちはそれを感じていません。それは私たちのエネルギーフィールドの外のものなのです。私たちの気づきの埒外(らちがい)のものなのです。私たちはそれと出会った次の瞬間、それを忘れてしまいます。
 
共同創造とお金
 
共同創造はエネルギーの器と黄金の道筋があって初めて可能です。これらは恒星のように重要な交差点なのです。それは各人に独自の方向性と特徴を与えています。本物の基礎周波数を与えているのです。ソウルピープルは互いに集い合い、お互いに共鳴し合う周波数を共同創造します。彼らは自分たちが結合を委ねるもう一つのエネルギーの器と黄金の道筋の結びつきを創り出しているのです。それは一つのオーケストラのようなものです。これらの恒星の間に、各人の自由のスペースがあり、エネルギーが流れることを、ダンスすることを、展開することを、そして、実現化することを許すのです。
 
アセンションプロセスの内にある多くの人々が、資金がゼロになることを経験しています。それは多大なフラストレーションの原因となります。不公平だという思いの原因となります。希望を失うことの原因となります。もし自分の自由になるお金がないのなら、どのように役に立ち創造を行うべきか?このことは普通に起こるプロセスであり、私たちに豊かさはお金の問題ではなく、愛とコミュニティの問題であることを学ばせてくれるのです。お金は生きるための道具ではなく創造のための道具です。私たちがお金を相手への尊敬、愛、感謝、統合あるいは自分たち自身とその仕事の評価を示すエネルギーとして与えたり受け取ったりする時、見返りの期待のような、相互不信に由来するエネルギー的欠乏の内にお金を与えたり受け取ったりする場合に比べて、私たちは完全に異なったエネルギーの中に身を置くことになります。もちろん、このことは私たちが自分自身とその本質を評価し尊敬している場合に限って可能になります。そしてその時、私たちは自分たちがいつも今この瞬間に、必要とするものを供給されていることを信じるようになるのです。
 
それはお金に関する古い信念を手放すためのプロセスの一部なのです。そしてこれによって私たちは愛から創造することができるようになるのです。そして自分自身の身の安全のためではなく目的を伴った事案のために投資するようになるのです。
 
このことは私たちに、自分たちはいつも安全であり、身の安全を保証するために大金を預金したり多くの資産を保有したりする必要がないということを信じるようになるために助けとなるのです。
 
“私たちは何も携(たずさ)えずにやってきて何も携えずに去って行く。どうして君たちはその往来(ゆきき)の最中(さなか)で自分の持ち物のことでそんなに大きな争いをするんだい?”Osho(訳1)
 
(注1:20世紀を代表するインドの神秘思想家バグワン・シュリ・ラジニーシのこと。彼のことを記述したウィキペディアの中ほどの囲み記事には深いことが書かれているので読むと良い。)
 
そうです。私たちは健全な目的とともに創造するための道具が必要なのです。そこに目的がある時、それらの道具はいつも与えられることになるのです。しかし、私たちは奉仕や貢献をするために資産やお金を集積する必要はないのです。固着は流れではないのです。それはエゴイスティックなプログラムなのです。流れは宇宙のリズムに従う自然な動きです。私たちは自分自身の心臓の鼓動や呼吸を観察する時、そのことを感得します。固着は鼓動のある時点で心臓の動きを止めるものです。あるいは、呼吸が吸気から呼気に変わる時、あるいはこの逆の変化の時に呼吸を止めるものです。明らかに固着は健全ではありません。バランスの取れた状態ではありません。自然に沿ったものではありません。宇宙の鼓動や流れとは違います。私たちは収縮と拡張を繰り返す永遠なる流れの中にいるのです。混乱と秩序の間の永遠なる流れの中にいるのです。静かに在ることと動いて為すことの間の永遠なる流れの中にいるのです。ですから、最も自然な態度は、次の自然な衝動が到来するのを辛抱強く待つことではないでしょうか?
 
(注2:ヴェラは男性エネルギーと女性エネルギーの性質の違いと役割を良く理解していることがこの文章から窺えるが、読者に誤解を与えるかも知れない表現をしているので補足しておく。男性エネルギーと女性エネルギーは常に表裏一体で働いているもので、“固着”は万物のあらゆる現象の一時的安定をもたらすエネルギーの現れであり、男性エネルギーに比べて女性エネルギーが優位な状態で発現する。一方、“流れ”は万物のあらゆる現象の変化/進化をもたらすエネルギーの現れであり、男性エネルギーが女性エネルギーに比べて優位な状態で発現する。ヴェラの文章では”固着”がさも不健全なように読めてしまうが決してそうではない。例えば、宇宙が拡張から収縮に転じる時、一時的に動きが止まるがこれが”固着”であり、”固着”がなければ宇宙の拡張と収縮の繰り返しは不可能なのである。流れるべき時に固着し続けようとすることが執着であり、この執着がよろしくないのである。)
 
共同体と豊かさ
 
豊かさは内面から始まるものなのです。お互いをケアし、完全なる信頼に基づく統合の内に生きる共同体は、私たちに豊かさと自由をもたらすものなのです。そこに不信がある限り、私たちは条件に縛られない生活を経験することができません。私たちは条件に縛られることなく生きるということはどういうことなのかを感得するために成長しているのです。共同体と自由は責任を伴います。共同体で自由に生活するとは、私たちのエネルギー、考え、感性そして創造/具現化を共有することを意味しており、エネルギーの器と価値を結合させることに身を委ねるということなのです。
 
プロジェクトあるいは共同体に身を委ねた人は”自分自身の家”を清浄に保つことでしょう。そして、お金という外的な動機付けを必要とせずにそのプロジェクトやコミュニティに貢献します。新しい地球での生活はもはや、生き残ることではありません。楽しむことなのです。私たちの最後の内面コントロールのメカニズムは、極めて強力な方法で人々に完全な変化をもたらす誘因となります。お金のような外的動機付けをもたらすものはもはや必要ないので。それらは死ぬことになるのです。
 
橋を架けること−癒やされることから力づけへ
 
多くの人々が自分自身の仕事や生活というミッションにおいて大きなシフトに直面しています。突然に、古いやり方がもはや通用しなくなります。ヒーリングを施す時代は終わります。それはもはや支援されることはありせん。他の人々をヒーリングするサービスを提供するということはもはや用をなさなくなります。このことは人々のパワーの損失をもたらすからです。ある種の手法、奉仕あるいは教えに依存した他人を作り出すということは、時代遅れの四次元のエネルギーなのです。それは宇宙の共鳴フィールドにはもはや存在しないのです。このタイムラインはすでに除去されました。私たちは今やいたるところに”スピリチュアルの王国”が崩壊しているところを見ることができます。人々を唯一サポートするものは、自分たち自身のパワーを発見することなのです。そのパワーは全体性への復帰をもたらします。そして、内面的なエネルギーバランスの達成をサポートし、バランスを回復した内面的なエネルギーが無理なく働くことになるのです。お金のトピックに関しては、私たちはみな、正直に鏡を見なければなりません。そして、私たちが愛から、尊敬から、統合から、評価と感謝から与えたり受け取ったりしていることを、あるいは、私たちは自分の外側から満たされようとする必要があるという考えから、与えたり受け取っていないことを自分自身に尋ねなければなりません。なぜならば、私たちは外的依存を自身の内面に作り出すことができないのです。
 
”通用する新しい方法は橋を架けることです“
 
”通用する新しい方法は橋を架けることです。“悟りを得て、低次元の世界を見渡し、自分が他の人より優れていると悦に入るようなごく少数の人物のためだけに小さな五次元の泡を用立てることが目的ではありません。違います。私たちがここに来て為すべき全てのことというのは、多くの人が続いてわたって来られるような架け橋を準備するために奉仕することなのです。これらの架け橋はまだ低い周波数にある人々が容易にわたって行けるものでなければなりません。それらは人々がその存在を知って繋がりを持てるようなもの、物質的身体であるとか、感覚であるとか、芸術であるとか、音楽であるとか、ダンスであるとかそのようなものと共に作動する必要があります。それらは地に足がついていて、誰でも容易に理解できるものでなければなりません。それらは合理的な理性によって理解できるような説明を提供できなければなりません。それでこそ、人々はこの架け橋をトライしてみようという気になるのです。そしてもちろん、それらは遊び心に満ちていて、楽しく、冒険心に富んだ魅力をアピールするものでなければなりません。
 
光速での身体のアップグレード
 
私たちのボディ全体が進歩し、辛抱し、五次元の振動数を体現することが可能となるようにシフトする時、それは完全に再構成される必要があります。新しい光のコードは私たちのDNAを書き換えます。それは自動的に起こります。私はこのプロセスについて以前のブログ記事で何度も書いてきました。私たちはカーボンベースの構造からクリスタルベースの構造へとシフトしつつあります。私たちはみな知っています。私たちが構造の変化を望む時、私たちは新しい構造を形成する前に古い構造を最初に破壊する必要があります。古い構造が破壊され開かれた時、古い時代遅れの情報が表に現れてきます。それはエゴイスティックなプログラムです。それらは今一度だけ古い映画のように私たちのリアリティの中で再上映されます。私たちがそれをより多く受け入れれば受け入れるほど、私たちはより速やかにそれらを分解します。このように私たちは、新しい五次元のプログラムのためにスペースを空けるのです。
 
私たちのボディはより軽くなり、より密度が低くなり、私たちの全ての感覚と腺は変化します。エネルギーを取り入れ処理する方法が変わって行きます。私たちは少しずつ食料を必要としなくなって行きます。私たちの目はより多くの色を見ることができるようになります。より高い周波数を見ることができるようになります。私たちの耳はより高い周波数を聞くことができるようになります。私たちの声はより高い周波数を出すことができるようになります。私たちの鼻はより高い周波数の匂いを嗅ぐことができるようになります。そして私たちは、新しいライトボディを用いてより多くのことができるようになります。段々と、テレパシー、テレポーテーション、二重同時存在など思いも寄らないことができるようになります。
 
”ひとたび、私たちが三次元で知っているような線形的時空連続体が解体されると、私たちは量子的平行経験へとシフトします。あらゆることが同時に可能となるのです。”
 
”ひとたび、私たちが三次元で知っているような線形的時空連続体が解体されると、私たちは量子的平行経験へとシフトします。あらゆることが同時に可能となるのです。”私たちは無限の可能性を秘めています。私たちはもう一つのパラドックスを学んで統合することにより、その無限の可能性を容易に利用可能、アクセス可能そして実現可能になります。そのパラドックスというのは、意図をセッティングした後にそれを忘れることです。私たちの線形的なマインドが並行的マインドにより変化すればするほど、意図の忘却がより容易に可能となり、意図の具現化がより容易になされるようになるのです。そして再び、このことは残りのエゴイスティックなプログラムをシフトさせることを求めます。そのエゴイスティックなプログラムは、細胞記憶から誘発されて姿を現します。
 
まとめると次のようになります。私たちはもはや自分自身と自分自身の本質を傷つけることを学ぶことはありません。そうすればするほど、私たちの恐怖に基づいた自我、すなわち、欠乏、不信と恐怖(過去と未来)に基づいた自我は新しい愛に基づいた自我へと変化します。そしてそれは、豊かさ、信頼そして愛(今この時のみ)に基づいています。ひとたび、私たちがこのシフトを学んだならば、私たちは条件に縛られることのない人生を自然に生きることになります。方法などありません。練習など必要ありません。瞑想も必要ありません。あなたが今この時のみに存在する時、人生は瞑想そのものになります。瞑想は全く努力を要することなくずっと続くことになるのです。

 
原文:http://thewakeupexperience.eu/26356-2/
 

∞ former-spiritual-lightさんの翻訳は読みやすくて、理解しやすいので私の中では高評価です。
皆さんも、「アセンション」に関して、より深く、多くの理解が得られたのではないでしょうか。
 
former-spiritual-lightさんに感謝します。


(^_^)/
posted by: Michi&Mirai | former-spiritual-lighter | 09:37 | comments(0) | - | - |
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